2012年09月27日

野球の試合の撮影・編集例

 野球の試合をビデオ撮影した一例をご紹介します。2011年度さいたま市民大会南部地区高校野球(いわゆる浦和大会)の準決勝 浦和西vs浦和北の試合です。撮影は野球の試合のビデオ撮影(2)で書いた「原則打者一人を一区切り」、編集は野球の試合のビデオ撮影(3)で書いたスーパーダイジェストバージョンです。BGM付きで5分程度に編集しています。

 この映像は一塁側スタンドから撮影していますが、最近はバックネット裏から撮影する方法に凝っています。オートフォーカスで撮影するとネットにピントが合ってしまうので、マニュアルフォーカスで撮影しますが、動きの激しいスポーツの撮影でフォーカスをその都度追従するのは不可能なので、ほぼ無限大に合わせたまま撮影し、余裕のある時だけきちんと合わせる方法をとっています。当然ややピントは甘くなりますが、投手−打者間の距離も近くとれますし、球筋も分かりやすいし、試合の状況も分かりやすいので慣れればかなり有用な方法ではないかと思います。できれば最新の映像をご紹介したいところですが、現在のチームの情報を垂れ流しにするわけにもいきませんので、一年前の映像でご勘弁下さい。

posted by kudakeishi at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ビデオ撮影と編集

2012年02月28日

思考回路(3)目的は何?

「ここ掃いた?」

 昔、学校で掃除の時間にそんな事を聞く人がよくいましたが、あの人たちにとって掃除って何だったんでしょうね。既に誰かが掃いていたとしても、まだゴミがあるなら掃かなきゃいけないわけですし、誰も掃いてなくても全然ゴミがないのなら掃く必要はありません。キレイにするのが掃除の目的ですから、掃くかどうかはキレイかどうかで決める事であって、既に掃いたかどうかで決める事ではないはずです。つまり「ここ掃いた?」という質問には何の意味もないし、それどころか掃除というものに真剣に取り組んでいない事を自ら白状しているようなものです。中高生の頃の私は、そんなアホな質問に真っ向から直球を投げ返す生徒でしたから、そういう面では結構面倒くさがられた存在だったような気がします。今の勤務先でも金曜は事務室のフロアを自分たちで掃除する時間があって、やっぱりアホな質問をする部下がいるんですが、人間ができてきたのかダメになったのか判断がつきませんが、直球は投げ返さずにチラッと横目で見て無視するようになりました。心の中で思っている事は同じですが。

 そもそも、きちんと目的を理解して、目的を達しようと思って行動すればこんな事は起こらないはずです。さすがに掃除のケースで目的を理解していない人はいないでしょうから、その目的を達しようとして行動していない、つまり惰性でほうきを動かしているだけだという事でしょう。こういうのが大嫌いなんですね、私は。

 少年野球の練習で、何も言わずにしばらく放っておくと、すぐにこの惰性の動きがグランドいっぱいに溢れてきます。今やっている練習が、一体どういう目的でやっているのか、何を意図した練習なのか、だからどういう所に気を配って練習しなければならないのか、といった事を理解しないまま練習をしたり、理解していてもやってるうちに何時の間にかどこかにぶっ飛んでしまっていたり。

 低学年の練習においても、私は必ずその練習の意図、目的を説明するようにしています。最初に説明してから練習を始める場合、ある程度練習をやってから途中で説明する場合、一区切りしてから説明する場合(その場合休憩後に同じ練習を行う)など、内容によって色々なケースがありますが、とにかく必ず目的を説明するようにしています。4年生くらいになればある程度理解できるでしょうが、1年生や2年生には理解できない事もたくさんあるでしょう。もしかしたらほとんど理解できていないかもしれませんが、私はそれでも構わないと思っています。練習には必ず意図するところ、目的というものがあって、効果的な練習にするためにはそれを理解し、意思をもって練習する事が大事だという事を、説明⇒練習というプロセスを通じて低学年時代に理解できないまでも何となくでもいいから感じておいてもらおうと思っています。高学年になればいずれちゃんと理解できるでしょう。

 「感じる」だけでヤモヤしていた事が「理解」に変わった時、驚くほど大きな力になることを私は経験的に知っています。微分と積分がそうだったように・・・。
posted by kudakeishi at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年02月25日

思考回路(2)集中力

「〆切はその事を思い出すためにある。」

 これは私が学生時代、もう25年以上前の話ですが、研究室で3年間指導を受けた教授の言葉で、事実その先生は学会発表の要旨などは必ずと言っていいほど〆切の日に取り掛かっていました。

 さすがに私は「〆切はその事を思い出すためにある。」とまでは言いませんが、余裕をもって仕上げるという事は意図的にしないようにしています。なぜなら、その方が時間を効率的に使うことができるからです。どんな状況下にあっても優れた集中力が発揮できる人なら話は別でしょうが、私のような怠惰な人間は、期限に余裕がある状況で、圧倒的な集中力を発揮して短時間で目的物を仕上げるなんて事はなかなかできません。ところが尻に火がつけば、自分でも驚くほどの集中力を発揮して、短時間で成果物を得る事ができてしまうのです。〆切1ヶ月前なら3日かかる事が、〆切前日なら同じ質のものが3時間でできてしまうわけです。たぶん誰でも経験のある事だと思いますが、意図してそうすることで無駄な時間を作らなくて済むと私は考えています。

 私の先生の言葉が意味するところは、仕上げて形にする「作業」なんてものは、尻に火がついた状態で集中して短時間でやればいいのであって、それまでは創造的な事にたっぷり時間を使いなさいという事なのだろうと私は理解しています。例年、撮りためた少年野球の映像をまとめて一年の終わりにビデオ作品を作って団の総会(卒団式)の日に上映していますが、これもアウトプットを作るのはほとんど直前の1週間で、毎年前日の夜徹夜して完成させている状態です。それまでは頭の中でイメージをあれやこれや思いめぐらせているだけで、いわゆる「作業」はほとんどしていません。毎年徹夜になるんだから、いい加減学習して余裕をもってやれよと思われるかもしれませんが、私としてはこれでも一応先生の教えを守っているつもりです。

 この考え方は受験にも当てはまるような気がしています。受験のための勉強というのは、この最後の「作業」のようなもので、こんなものは直前の半年で集中してやればいいものだと思っています。2年も3年も前から受験に備えた勉強という名の「作業」をやるのはバカバカしいと思うし、もっと他の楽しい勉強の仕方、楽しめる勉強というものがあると思います。そもそも勉強というのは楽しいもののはずですから。そういえば私の先生は「集中力を養えること」が受験の最大のメリットだと仰っていました。確かに本気モードの受験を経験した人とそうでない人では集中力に差がある事が多いような気がします。
posted by kudakeishi at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年01月24日

思考回路(1)損得

 私は今まで一度も競馬で損をした事がありません。

 大人の娯楽にはお金がかかるもので、なかなかタダでは遊べません。子供を遊園地に連れて行けばお金がかかる、ボーリングに行ってもお金がかかる、キャンプに行ってもお金がかかる。この時、それで十分楽しめば誰も損をしたとは思わないはずです。その楽しみの対価としてお金を使っているからです。私にとって馬券を買うのに使ったお金は、競馬を楽しむために払った対価ですから、遊園地で遊ぶために払ったお金と同じだと考えています。遊園地で遊んで帰るときに、入園料を返してもらえないからといって損をしたと思う人はいないでしょう。それと同じで、馬券を買ったお金が返ってこなくても損をしたとは私は思わないわけです。私にとって馬券を買うお金はレジャー代だという事、そういう考え方をしているという事です。

 ところが競馬というやつは、時々お金が返ってくるどころか何倍、何十倍にもなって懐に転がり込んでくる事があるわけです。絶対に損をする事がなく、時々儲かることもあるのですから、そう考えればこんな楽しいレジャーはありません。長い期間で見れば、懐に入った金額より買った馬券代の方が高いのは間違いありませんが、それでも儲かっている(と考える)わけです。

 ちなみに私は競馬で儲かったお金は即座に使ってしまう事にしています。ギャンブルで稼いだお金はギャンブルに使えという人もいますが、私はギャンブルには使いません。数千円程度なら家族にご馳走して使ってしまいますし、数万円のオーダーなら必需品でないモノを買うという消費活動をする事にしています。最近だとホームベーカリー、PS3、無線LAN機器の買い替え(性能向上)、固定電話機の買い替え(まだ使えてるけどちょっと怪しくなっていた)、PSPなど買わなくてもすぐには困らないものを買うのに使いました。私はゲームはほとんどやらないので、PS3はBlu-rayプレーヤーで、PSPはパソコンで録画したテレビ番組を持ち出して時間のある時に見るのに使っています。そうそう、息子と娘にコートを買ってやったりもしました。

 間違いなく言えるのは、どれもこれも単にお金を使わずに貯めていただけなら絶対にそれらに自分のお金を使って買ったりはしないものばかりだという事です。競馬によってトータルで考えればお金は減っているはずですが、お金を減らさずに貯めていた場合には買わない(買えない、買う気にならない)ものが躊躇なく買えてしまうのです。そういうところに使う事に意味があると思ったりしています。一応、景気向上に繋がる消費活動をしているつもりだったりもして。。。
posted by kudakeishi at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年01月08日

キャッチボール鬼ごっこ

 野球の守備の基本はキャッチボール。そんな事は今更言うまでもない事ですが、それなりにキャッチボールがこなせるようになった子供に次のステップとしてどんな練習をやらせるのが良いのかというのは、小学校低学年の子供を預かる身としては常に頭を悩ませる課題です。

 キャッチボールは正しくボールを捕る、正しくボールを投げるという訓練として重要なのは言うまでもありませんが、試合中にキャッチボールと同じ状況でボールを投げたり捕ったりできる場面などほとんど無い事は誰でも容易に想像がつく事です。実際の試合では、動きながら捕ったり、動きながら投げたり、とっさの判断を伴って投げたり、状況を見て自ら動いて送球を呼んだり・・・といった事が求められる場面が頻繁にあり、従って練習でもそういう訓練をする事が当然必要になってきます。ある場面を想定したケーススタディ的な練習や、試合形式の実戦的な練習というのもその一つで、目的によっては重要な練習ですが、上記目的を考えたときに大勢の子供に効率よく訓練させる方法でない事は疑いようのない事実です。

 そんな背景があって、私は次のような練習を低学年の練習方法の一つとして考案し、昨シーズンから実践しています。

(1)グランドに10m×10m程度のコートを作る(大きさは臨機応変)。
(2)グローブをはめた守備が3〜5人、ヘルメットをかぶった攻撃(鬼)が守備−1又は守備−2名コートに入る。
(3)次の何れかでゲームオーバー。
  @ボールを持っている人が鬼にタッチされる
  Aボールが地面で2バウンドする
  Bボールを持った人がコートから出る

 ルールは状況に応じて色々変えて行いますが、要するに攻撃側=鬼がボールを持っている人を追いかけ、守備側はつかまらないようにボールをパスして回すわけで、サッカーのパス回しのようなものです。タイムを競ってやれば盛り上がるし子供たちもゲーム感覚で楽しんでやれます。また、結構走りますので冬場の練習方法としても有効だと考えています。



 物凄くベタなネーミングですが「キャッチボール鬼ごっこ」という名前にしてみました。どなたかセンスのある方、かっこいい名前を考えて下さい。
posted by kudakeishi at 01:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 鴻巣タイガース練習情報