2010年10月16日

反省

 今日は市内の秋季大会2回戦が行われましたが、我がチームは1−2で敗戦してしまいました。監督が不在で、私が代行したのですが、試合指揮の難しさ、他人が作ったチームを指揮する事の難しさを痛感した一日でした。今日の試合は、それほど動きの激しい試合ではなかったので、ポイントになる場面が比較的はっきりした試合でした。

(1)1回表(守備)
 練習試合でも初回に簡単に2点、3点とられるケースが目立っていたので、試合前に「初回を0点で抑えるのが理想だけど、ランナーを出したら1点はやってもいいつもりで守れ。1点もやらない事にこだわって傷口を広げるのが一番まずい。」という注意をしていました。ランナーは出したものの0点で切り抜けられそうでしたが、守りのミスがあって結局1点を先行される結果となりました。まあ、この1点は想定内。

(2)2回裏(攻撃)
 たぶん、ここがこの試合の一番のポイントでしょう。4番四球、5番ヒットで無死1,2塁。6番が2球連続で送りバントをファウルにして失敗。ここで送れなかったのがまず一つ。3球目をバスターでいい当たりでしたが結局レフトフライ。ここで転がせなかったのが二つ目。実は裏事情としては、この打席中に明らかなボークの動作があったのですが、とってもらえなかったというのもありますが、これは仕方ないところでしょう。
 続く7番の最初にボークがあって一死2,3塁(6番のときと同様の動きで、今度はとってくれました)。6番で送ったのと同じ状況になったわけで、しかもボークという投手が最も動揺する状況です。今にして思えば、このボーク後の初球がスクイズの絶好のチャンスであり、しかも走者が4番、5番ですから2ランスクイズも狙えたのですが、その前にとってもらえなかったボークをとってもらえた事で私が安心モードになっていて、このチャンスをスルーしてしまいました。少し様子を見ようと待てのサインを出したのですが、これは完全に私のミスです。簡単に2球で2ストライクをとられ、スクイズのサインを出す事はできませんでした。結果的には四球で一死満塁となったのですが、4年生の下位打線になる事を考えれば、同じ4年生でも最も打撃に期待できるこの7番打者で勝負をしかけなければならなかったのです。この後、8番打者がスクイズで大きなミスを犯しますが、これはこの状況を作った私のミスに他なりません。

(3)4回裏(攻撃)
 1点をリードされたままの中盤。一死から4番、5番の連続ヒットで一死1,3塁。ここで私は6番の初球にスクイズをさせました。これで1−1の同点です。この時はこれがベストだと思っていました。なかなか点がとれなくて1点リードされたままの中盤。とにかく同点にすることが最優先・・・と私は考えました。少年野球で1,3塁の場合、1塁走者が盗塁し、2塁に送球してこないのが一般的(特に1点ゲームの場合)で、確実にストライクをとってくるわけですから、こんなにスクイズのやり易い場面はありません。案の定簡単に1点が取れて同点になりましたが、消極的過ぎたのではないか?走者が4番、5番という状況を考えれば、やはり盗塁で2、3塁にして、2ランスクイズで一気に逆点のチャンスを伺うべきだったのではないか?と、今は思っています。攻める気持ちが足りなかったような気がします。

(4)6回表(守備)
 先頭打者に四球。この試合始めての四球です。送りバントで一死2塁。続く3番がライトフライで二死。ここでこの試合2塁打2本の4番打者。一瞬マウンドに行こうかと思いました。言う事は一つだけ。「ストライクは投げるな」です。結局ベンチのコーチから「歩かせてもいいぞ!」という声もあり、マウンドには行かずにそのまま任せました。結果はライト前ヒットで決勝点を奪われることになったわけです。

 ああすれば良かった、こうすれば良かった・・・今思えば後悔ばかりですが、もう一つ、自分が作ったチームではないという所に大きな難しさを感じた試合でもありました。サインに対する行動が、そう教えられてしているのか、分かってなくてしているのか、このチームをずっと見ているわけではない私には判断がつかないのです。例えば、待てのサインを出したときに状況によってバントの構えをする事がありますが、ここでバントの構えをされたら困るという場合もあります。相手守備にバントを意識させたくない場面です。でも、もしかしたら、あるパターンでバントの構えをする事にしているかもしれないわけで、そこの判断は私にはつかないので、その行動に対して私は選手には何も言えないわけです。要するに、自分が完全に把握していないチームの指揮を執ること自体に無理があるという事です。

 私は今現在はBチーム(低学年チーム)の監督に専念していますが、来年はこういう事態に備えてAチームも細かいところまで把握しておくべきか、やはりBチームに専念して、こういう事態のときは他の人に任せるべきか、少々迷っています。前者にするとBチームへの対応が今のようには行かなくなるのは当然のことですから。
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2010年10月09日

ボールをズボンで拭く行為

 今日は秋季大会2回戦の予定でしたが、ちょうど試合開始の頃降り始めた雨が1回表途中から強くなり、結局1回表終了時点でノーゲームとなりました。皆様お疲れ様でした。

 さて、試合後に当チームの先発投手に対して、ユニフォームのズボンでボールを拭く行為をやめさせるよう審判員の方から注意がありました(雨が降っているので仕方ないとは思いますが・・・という注釈付ではありましたが)。その時に、コーチの一部の方に私の方からルール上は問題ないという話をしましたが、その詳細についてご説明をしておきます。そもそも公認野球規則では、8.02で投手の禁止事項として次の事が記載されています。

8・02 投手は次のことを禁じられる。
(a)(1) 投手が投手板をかこむ18フィートの円い場所の中で、投球する手を口または唇につけること。
  (2) ボール、投球する手またはグラブに唾液をつけること。
  (3) ボールをグラブ、身体、着衣で摩擦すること。
  (4) ボールに異物をつけること。
  (5) どんな方法であっても、ボールに傷をつけること。
  (6) 本項の(2)〜(5)で規定されている方法で傷つけたボール、いわゆるシャインボール、スピットボール、マッドボール、あるいはエメリーボールを投球すること。
  ただし、投手は素手でボールを摩擦することは許される。

ズボンでボールを拭く行為は(3)に違反するわけですが、一方、全日本軟式野球連盟が発行している「競技者必携」では次のように定められています。

競技に関する連盟特別規則
十一 規則8.02(a)項中の、(4)の「球に異物をつけること」および(5)の「どんな方法であっても球に傷をつけること」は規則どおり実施するが、(1)、(2)、(3)は採用しない。

つまり、ズボンでボールをこすって拭いても構わないと規定されているわけです。更に、この競技者必携にはルールに関する問答集があり、次のような問答が掲載されています。

46【問】投手板の近くで、投手が投球する方の手に唾液をつけた。差し支えないか。
 【答】差し支えない。「軟式野球」では、手を口につけることや、球またはグラブに唾液をつけること、球をグラブ、ユニフォームなどでこすることは特に影響がないので許されている。

硬球と軟球は材質も構造もまったく異なります。ユニフォームでこする事で表面に細かい傷をつけるといった状態変化を起こすことができる硬球と違い、軟球では問題となるような変化をもたらす事は考えにくいので、別に禁止する必要がないという事です。公認野球規則は基本は米国オフィシャルルールの訳本ですから(記述や解釈で一部異なりますが)、軟式野球の事などまったく考慮の中にないのは当然のことです。

 軟式野球連盟傘下の学童野球はもちろん、傘下でないスポーツ少年団も適用規則は軟式野球連盟特別規則であり、バイブルとして競技者必携を使用しているわけですから、投手がズボンでボールを拭く行為が問題ない事は疑いようのない事実です。もっとも私に言わせれば、ボールがズボンで拭かなければならないような状態なら、タイムをかけてボール交換してもらえばいいわけですから、その行為そのものが不必要な事だとは思いますが、ルール上やっていい事なのか否かはきちんと把握しておく必要がある事は言うまでもありません。審判員なら尚更でしょう。例えば試合中にその事を投手本人が注意されたために動揺して投球が乱れるなんて事だってあり得る話です。ルールで認められている行為なのに、審判が知らなかったために注意されて投球が乱れたら投手が可哀想というものです。

 という事で、私としては次のような指導をしたいと思います。
(1)ズボンでこすってボールを拭く事は軟式野球ではルールで認められている。
(2)しかし、ボールが汚れているとか濡れているとかで、そうしなければならないような状態なら、タイムをかけてボールを交換してもらいなさい。

※言うまでもない事ですが、投手板についた状態でボールをズボンで拭くのはNGです(上で書いた事とはまったく別問題です)。走者がいればボークです。私の身近で行われている少年野球ではボークどころか注意をされているところすら見たことはありませんが、せめて注意くらいはすべきだと思っています。もしかしたら、今日注意をされた審判員の方は、その事をおっしゃっていたのかもしれません。
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2010年07月16日

野球ではない

 鴻巣タイガースBチームの夏が終わりました。残念ながら夏季B大会の一回戦突破はなりませんでしたが、子供たちはきちんとゲームメイクができていましたので、これまでの練習の成果が十分に発揮された満足できる試合内容だったと思います。これまで行った練習試合と比べても最高の試合内容でしたから、全員が練習を重ねる度に、試合を重ねる度に成長した結果が集約された試合になった事はすばらしい事だと思います。4年生のうち4人がAチームに行かざるを得ない状況で、残った4年生以下で構成するBチームでこれだけの試合ができた事は子供たちにとって非常に大きな財産になったと確信しています。

 特に3年生エースのR君は投打ともに大車輪の働きで、子供の成長の早さを実感させられました。昨年のB大会、2年生だった彼は試合の終盤に代打で登場し、四球で出塁したのですが、出塁後はとにかくひたすら次の塁に向かって走る、走る・・・サインとか状況とかそんなものは一切関係なく、自らの本能に従ってひたすら走るのみでした。つまり、その時彼がやっていたのは「野球」ではなかったという事です。まあ小学2年生としては普通のことだと思います。しかしその一年後、彼は見事に「野球」を自分のものにして、「野球」を楽しんでいました。そして試合後は泣いていました。それは紛れもなく「野球」をやった証に他なりません。

 話は変わりますが、サッカー日本代表がワールドカップ決勝トーナメントでパラグアイにPK戦で負けた後、朝日新聞スポーツ欄のコラムでオシム氏がこう言っていました。「PK戦はサッカーではない。」だから、日本代表を責めるべきではないし、外した選手を責めるべきでもない・・・と。PK戦は確かにサッカーではなく、勝敗を決するための擬似サッカー的な手法です。少年野球には同点の際に勝敗を決する手段として、無死満塁の状況から点を取り合う「サドンデス」と呼ばれる特別延長ルールがあります。少年野球に限らず軟式野球では、設定する状況や呼称は様々ですが似たようなルールが採用されている地域、団体が多数あります。オシム氏がPK戦をサッカーではないと言ったように、私はこれは野球ではないと思っています。野球の勝敗は野球で決着させるのが筋であり、少年野球でこういう「野球ではないが野球に良く似た方法」で勝敗を決する方式を採用している事に対して少なからず疑問を持っています。

 限られた時間の中で、次のステージに進むチームを決めなければならないという事情は重々承知しています。しかし、その手段として「サドンデス」と呼ばれる擬似野球的な手法がベストかどうかという議論が本当に真剣になされた上で実施されているとは私には思えません。野球で決着が付かないのなら、野球とは無縁の方法で次ステージに進むチームを決めてもいいのではないでしょうか。勝敗を決めるのではありません。次ステージ(2回戦とか3回戦とか)に進むチームを決めるのです。野球の試合ですから勝敗は野球でしか決められないと私は思っています。それで決着がつかないなら、勝敗は引き分け、次のステージに進むチームを野球とは無縁の方法で決める、というのも一つの方法です。ジャンケンでもクジ引きでも何でもいいです。とにかく野球とは無縁のもので決めるという考え方も必要だと思っています。

 規定回数あるいは規定時間を終えて同点の場合は、普通の延長を1イニング行い、それでも同点の場合は試合は引き分け、抽選等で次ステージ進出チームを決めるというのが、時間との折衷案の中での私の理想です。人それぞれ様々な考え方があると思います。今実施されている方式が、どれだけの議論がなされて採用されているのか、時代や環境変化で人の価値感や考え方も変わっている中で、そういうものに適宜追随しているのか、大会運営に携わっている人たちがそういう事を本当に真剣に考えた事があるのかどうか、私は非常に興味があります。「上部組織の規則で決まっているのだから我々は従うしかないんだ。」という声が聞こえてきそうですが論外です。

 本筋から離れますが、少年野球の「サドンデス」という呼称は実に奇妙です。表裏きっちりやるわけで、点が入った瞬間にゲームセットになるわけでもないのにサドンデスという呼称は非常に違和感があります。何年か前の市内の大会で、本部前のトーナメント表ボードに「サドンレス」と書かれているのを見た時は違和感どころではありませんでしたが・・・。。
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2010年06月01日

デスクトップミュージックのような野球

何かで趣味について書く欄があると、最近は「ビデオ編集」と書くようになりました。他にも「野球」とか「観察」とか「作文」などという趣味があり、以前はそういうものを挙げていましたが、近頃はもっぱらビデオ編集を趣味として挙げるようになりました。

 私がビデオ編集を始めたのは、この春大学生になった長女がまだ小学4年生でソフトボールをやっていた頃ですから、まだほんの10年足らずでしかありません。もともとコンピュータを使って何かやる事に興味があり、ビデオ編集を始める前はDTM(デスクトップミュージック)というものを趣味にしていました。パソコンに演奏データを入力して、マルチティンバー音源という同時に何種類もの楽器の音を出せる装置(まあシンセサイザーだと思って下さい)に自動演奏させるというもので、実は皆さんが今楽しんでいるカラオケはこれそのものです。あれは人間が演奏しているわけではなく、人間の入力したデータを基にコンピュータがサンプリング方式の音源装置に自動演奏させているわけで、私が趣味でやっていたのはそのハシリのようなものです。

 コンピュータというやつは実にオバカで判断する力はありませんから、いわゆる「楽譜」では演奏する事ができません。楽譜というのは非常に曖昧なもので、音の大きさ、長さ、発音タイミングなどが絶対的な尺度で記載されたものではありません。例えば四分音符でド、ミ、ソとあった時、最初のドの音を鳴らしてから次のミの音を鳴らすまでの間のどこまでドを鳴らし続けるのかは楽譜には書いてありません。50%なのか70%なのか90%なのか、それとも100%で音が連続するのか・・・。人間が演奏するときは演奏者が自分の解釈で決めている事です。あるいは3番目のソの音を鳴らすタイミングは・・・四分音符だからリズムは決まってるじゃないかと思われるかもしれませんが、すべての音をドンピシャのタイミングで鳴らしたら、まさに機械が演奏したようなものになってしまいます。これも人間が演奏するときは少しツッコミ気味のタイミングだったりモタリ気味だったりして、それが演奏者の特徴だったり味だったりするわけです。DTMの場合は、それらをすべて数値化してコンピュータに入力してやって、思考能力のないコンピュータでもそいういう演奏ができるように人間が演出してあげるわけです。

 少年野球を何年か見ていて思うのは、楽譜で試合が作れるチーム、つまり自分たちで試合の流れを見ながら状況に合わせて最適な判断をしてゲームメイクができるチームと、DTMのようなデータ入力をしてやらないと試合が作れないチーム、つまり指導者が具体的な部分を導いてやらないと強いチームとしての試合ができないチームがあるという事です。試合で対戦する非常に強いチームにもこの二種類がありますが、小学生離れした高い身体能力・運動能力に加えて強力なリーダーシップのある選手がいなのに強いチームは、多かれ少なかれ後者、つまりDTMの要素を持っているように感じますし、圧倒的にそちらのタイプのチームの方が多いと思います。言い換えれば、楽譜で試合が作れるチームには必ずといっていいほど強力なリーダーシップを持った「大人」が選手の中にいるという事です。

 私は秘かにDTM野球と楽譜野球と呼んでいますが、残念ながら現在の鴻巣タイガースも高学年のチームでさえ楽譜野球ができているとは思えません。低学年のBチームの試合で指揮を執るとき私はすべてにおいて「確認しろ」と口うるさく言います。ボールカウント、アウトカウント、ランナー、点差・・・これらはすべての場面で全員が把握しておかなければならない事ですし、まずは把握しておかなければならないという意識を持つことが必要です。そもそも「確認」というのは考えるための準備段階です。小学校4年生以下の子に楽譜野球を求めようとは思いませんが、準備段階の確認をする習慣だけは付けさせたいと思っています。高学年になってそれが楽譜野球に、しかも選手の中に「大人」がいなくてもできる楽譜野球に発展してくれれば言うことはありません。
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2010年04月17日

ボークをとらない風潮がもたらす弊害

 もう十数年前になりますが、私が都内某区の軟式野球連盟に加盟していた会社のチームで草野球をやっていた時の話です。当時私は30代前半でしたが、そのチームではかなり年寄の部類になっていたので監督兼選手なんていう立場になっていました。ある大会での試合、私は試合には出ずにベンチで監督業に専念していましたが、どうも球審のストライクゾーンがおかしいような気がしていました。アウトコースが異様に広いのです。ベンチから見ていますから左右のコースははっきりとは分かりませんが、それでも捕手の捕球位置などで感覚的にある程度は判断がつきます。打者も「え〜っ?」というような反応をしているし、ベンチに戻ってからも口々にあれは絶対おかしいと言い合うし、守備を終えて引き上げてきた捕手のコメントは「アウトコースはどこに投げても全部ストライク」。

 試合の終盤、よっこらしょと重い腰を上げて「代打オレ」と打席に立った私は愕然としました。アウトコースに20cm以上外れていると思われるボールを「ストライク!」とコールするのです、その球審は。広いとは感じていましたが、まさかそこまでとは思っていませんでした。試合後、その球審に「本当にあれがストライクに見えてるんですか?」と尋ねると、「ストライクに見えるわけないだろ。フォアボールが多いと試合がダレるし、両チーム平等にとってるんだからいいだろ。」という答えが返ってきて二度目の愕然。

 審判が絶対にやってはいけない事。それは勝手にルールを捻じ曲げることです。ルールに照らしたらボールだと思っているものをストライクとコールする。まさにこれはルールを捻じ曲げる行為です。審判の横暴以外の何物でもありません。両チーム平等だからいいという問題ではありません。セーフだと思ってもランナーが出ると試合が長くなるから1秒以内ならアウトにする、なんて判定をされたら堪ったものではありません。選手はルールを拠り所にプレーをするわけですから、それを勝手に捻じ曲げられたら野球にならなくなってしまうのです。ルールを正しく運用して試合を進行する。それが審判の使命であり責務であるはずです。その審判はそれをまったく理解していなかったのです。

 このストライク・ボール、アウト・セーフの事例は、たぶん誰でも理解できると思うのですが、これを投手のボークに当てはめて考えてみて下さい。審判自身がボークだと判断しているにも係わらず、ボークをとらないとしたら・・・。これは上の事例とまったく同じ、審判が勝手にルールを捻じ曲げている事になるのです。使命と責務を全うしようとしない、審判の横暴と言われても仕方のない行為です。

 今年の3月、とある地域のとある少年野球の大会で試合を見ていたのですが、明らかにボークと思われる牽制動作が頻繁にあるにもかかわらず、まったくボークをとらないし、注意すらしていませんでした。試合後、球審に尋ねてみるとボークだという事は認識していたとの事でした。しかもその地域の審判団の中では、明らかに走者を騙そうとして行った行為以外はボークをとらないようにするという申し合わせをしているのだそうです。その球審をされていた方は、その地域の少年野球組織の偉い方ですが、私はこの話を聞いて、またも愕然としてしまいました。その場は「せめて注意くらいはした方がいいんじゃないですか」とコメントしただけで去りましたが、この考え方は大問題だと心の中では思っていました。

 まあ、ざっと考えてもこんな弊害が考えられます。
 (1)上で述べた審判の使命・責務の観点
 (2)投手育成阻害の観点
 (3)走塁レベル向上阻害の観点
 (4)各チームでの指導に及ぼす影響の観点
 (5)結果としてその地域全体の少年野球レベル向上阻害の観点
説明するまでもなく、このお題目だけ見れば言わんとするところはお分かり頂けると思いますが、特に(2)と(3)は深刻です。野球をやっているのはその地域だけではありません、当たり前ですが。公認野球規則、アマチュア内規、軟式野球連盟特別規則に則って日本中で野球は行われています。上位大会や他地域での大会でルール通りの適用がなされたら、困るのはその投手本人なのです。地域の大会できちんとボークをとり、それを基にしたチームでの指導がなされる環境を整えなければ、レベルは下がる一方です。

 走塁についても同様です。走者は、投手が投球動作に入った瞬間(つまり牽制ができない状態になった瞬間)を見極めてスタートをきります。例えば、投手がセットポジションから両膝を少しでも曲げたら投球動作に入ったと見なされますから、もう牽制はできません。反動をつけるために、少し膝を曲げてから回転して牽制する投手がたくさんいますが、全部ボークです。クイックで投球するときの最初の動作を想像すれば同じだという事が分かると思います。あるいは、セットポジションから足が動く前に両腕を上に動かしたら、これも投球動作に入ったと見なされますから牽制はできません。走者2塁で逆回りの(グラブと反対の手の方に回る)牽制をするときに、手を先に動かす投手がたまにいますが、これもボークです。プレート上からの牽制は、塁に足を踏み出す動作が最初でなければならず、それ以外の動作(膝を曲げるとか腕を上げるとかなど)を先にやったら、もう打者に投球するしかできないのです。優秀なランナーほどこれらの瞬間を見極めてスタートをきろうとします。ところが実際には、少年野球ではボークをとらない事が多く、この優秀なランナーは逆をつかれてアウトになってしまいます。ランナーが不利を強いられているのは言うまでもありませんが、それだけでなくアウトにならないためにはレベルを落とさなければならず、ついには誰もこのレベルを目指そうとしなくなります。指導者もこのレベルを目指さなくなります。これをレベル向上を阻害していると言わずして何と言うのでしょうか。

 小学生だからルールの適用を甘くするとか、小学生には無理だからとか、そんな考え方は絶対にして欲しくないし、するべきでないと私は考えています。試合の中できちんとボークを指摘し、それを基にきちんとチームで指導する、そういう環境を整える事が全体のレベルアップのためには絶対に必要だと思っています。
posted by kudakeishi at 11:41| Comment(5) | TrackBack(0) | 野球雑感